展示アイテム キャプション
#01-1 自炊精神の醸成
自己との対話=「想念」の普及と教育
僕は創田 作太郎10歳、小学5年生。水曜の2時間目は「想念」の時間だ。3年前から新しく始まった科目らしい。想念の教科書にはこう書いてある。『世界中の情報と常時接続できてしまうSNSは拡大を続け、共感と承認が力を持ちすぎた結果、人々は価値判断の基準を失いつつありました。人々の自律した価値観を取り戻すために、“自己との対話”が義務付けられ、これらを「想念」では学んでいきます。』 なんか難しくてちゃんとはわかってないことも多いけど、ときどきは周りを気にせず自分のことを考えるのは大事らしい。
「漏れ映しの鏡」
家に帰ると、寝る前に毎日30分、想念の時間=「孤時間」をとっている。 といっても、そんな堅苦しいものではなくて、毎日だらだらSNSを見てしまう時間の代わりのようなものだ。 昨日は家にある「漏れ映しの鏡」で自分と相談ができた。あの鏡は、前に立つと頭のなかで考えてることを文字と声にして目の前に現してくれるんだ。言葉にされることで改めて自分の考えを知れて、なんだか少し自分のことをよく知れたような気がする。
「記憶散歩」
「記憶散歩」もよくやる孤時間の一つだ。専用のVRデバイスから、過去の記憶の中を自由に歩き回ることができる。一人称視点も俯瞰も選べて便利なんだよね。先週、公園で友達と遊んでたところを俯瞰で見てみた。 結構自分っていつもわがままばっかり言ってるな...こんな口癖あったんだ...自分のことってまだまだわかってないんだな...
「想録地図」
あれから時が経ち25歳になった。孤時間は変わらず続けている。 孤時間の想念でされた自己との対話は、「想録」として、小さな紙に、その対話の記録が、自分の筆跡で現像される。データとしても残る想録だけど、これまでの成長や考えの変化を一目で振り返りたくて、壁に紙の想録を貼り付けて「想録地図」を作る人は多い。自分の思考と歴史の全てが詰まった一枚のこの大図は、他人に評価にむやみに揺るがされない自己表現の礎になるんだ。